知る人ぞ知る八戸の味
   「松橋製麺の中華そば」

■八戸老舗店主に選ばれた麺
煮干だしがきいたあっさりスープに極細縮れ麺、八戸でラーメンと言えばこのスタイルが定番。
そんな昔ながらの味を一緒に支えてきたのが「松橋製麺」だ。
地元の自称ラーメンマニア達のホームページにおいて、うまさで知られる老舗のラーメン屋さんや中華料理店などを紹介するくだりで美味しさを保証するキーワードのごとく「麺はあの松橋製麺」と語られている。ふつう美味しいお店の紹介に製麺所の名は必要無いはずだが・・・。
老舗の店主が、そしてラーメンマニア達が崇拝せずにいられないなにかが「松橋製麺」にはあるのだろうか。


■その工場は素朴な港町にあった
そういえば「松橋製麺」の工場ってどこにあるだろう?社内で色々聞いて回ったが誰も知らないという。本当に有名なのかなと諦めかけた時、やっとわかる人物が現れた。
その人は鮫町在住。鮫町といえばウミネコの繁殖地「蕪島」がほど近い素朴な港町だ。聞けば、鮫の住民にとって「松橋製麺」の麺は「小さい頃から誰もが食べてきた味」で「スーパーで売っている、よく似た麺とは食べれば違いが一目瞭然」だそう。基本的に業務用であるため、一般の小売店舗には卸さない。だから皆「松橋製麺」の工場まで直接買い求めに行く。そうまでして食べたくなる麺。期待は膨らむばかりである。
教えてもらった松橋製麺の工場は小さな鮫町のほぼ中心に位置していた。「松橋製麺」と書かれた看板には「一味ちがう おいしさ!」。思いのほかこじんまりとした工場だったので、つい見逃してしまい、約束の時間に遅れての訪問となってしまった。



■「ラーメン」ではなく「中華そば」                   
やや恐縮しながら扉を開けると「いらっしゃいませっ!」と明るい声。おかみさんの優しい笑顔に迎えられてお店の奥に進むと、2名の男性が出迎えてくださった。松橋社長産と川村工場長さんだ。テーブルの上に1食ずつ袋に入った麺が並んでいる。定番の極細縮れ麺で袋には「中華そば」と書かれてある。これがあの松橋製麺の麺!
早速社長さんにこの店ならではのこだわりを教えていただこう。

  

(写真左が松橋社長さん、右が川村工場長さん)

創業者である先代が、鮫の地で製麺所をかまえたのは今から50年以上前。修行していた製麺所から「のれんわけ」という形で鮫町にやってきた。その後本家が商売を変えることとなり、31年前から自らの名前「松橋」を名乗るようになったそうだ。

「うちの麺は支那そば系チリチリ麺の『中華そば』、ラーメンではないんですよ。ラーメンって元々ストレート麺だからね。昔からからずっと同じ製法で『昔から近所にあるなじみの食堂でよく食べた中華そばの味』なんです。おかげさまで全国にいる八戸出身者が懐かしんでくれて、帰省した時に寄ってくれたり、わざわざ電話で問い合わせてくれる人もいます。」

まさに知る人ぞ知る八戸の味が松橋の麺なのだ。うまさの秘訣はどこにあるのか、無理を承知で工場を見せてもらった。想像よりもずっと小さなスペースに製麺用機械が2台、原料の捏ね製麺までわずか2〜3人程度の人員で行われている。ここで作られている麺は定番の極細麺の他に、卸先からの要望で麺の固さや太さを変えたものも製造しており、バリエーションは全部で10種類ほどあるそうだ。
工場で作られるすべての麺の要を握るのが、職人としての気迫がみなぎる川村工場長だ。日々気候の変化に合わせて、原料の配合から水分の調整、仕上がりの見極めまでを担っている。長年愛用してくれているお客様のために味を守り続けるための努力を惜しまない姿勢こそがうまさの秘訣なのだろう。


  

■業務用も個人用も分け隔てなく
「うちの麺はあくまでも業務用主体で生産しているので、個人用にお分けできる量は限られてしますのですが、わざわざ買いに来てくれるお客さんのためにこのような個食袋入りも作っています。本当は完全密封しない方が麺にはいいんだけどね。」

お店に卸す時は熟成が進みやすいように完全に密封はしないそう。麺は作りたてよりも少し寝かせたほうがおいしい、と社長談。

「冷蔵保存で3日目以降からが食べ頃です。うちの麺は添加物をできるだけ使わないようにしているので麺の日持ちは冷蔵保存で1週間しかもちませんが、おいしさには変えられないですからね。遠方からのお客さんは一度にたくさんの量を買い求めてくれるので、冷凍での保存もおすすめしています。その場合も麺が熟成してからの冷凍をお願いしています。」

工場では麺だけでなくスープも販売している。わざわざ来てくれるお客さんのためにバラエティ豊かに取り揃えているそうだ。

「これらのスープは自家製ではなく、九州のスープメーカーさんから取り寄せています。東北地方向けのスープは東北人好みの味にと、地域毎の嗜好に合わせた味作りをしているメーカーなんです。うちの麺にもっとも合うのはなんといってもこの「煮干味」、お湯で割っただけでも充分に美味しく麺とのマッチングが申し分ない。」

1つ1つ丁寧に説明してくださる松橋社長のまっすぐな瞳が朴訥な人柄を表しているようだ。

ちなみに市内ではどこのお店に卸しているんですか?と社長さんにたずねたところ、八戸市民なら誰もがわかる名店の名前が続々と登場、その中には老舗ながら後継者がいないという理由でたたんでしまったところもあり、これまでいかに八戸の味を支え続けてきたのかが実感できた。

八戸の昔ながらの味を守るため、大量生産よりもおいしさを重視するポリシーと業務用であっても個人用であっても分け隔てなく優しく向き合う姿に感銘を受けずにはいられなかった。この作り手の優しさが麺のおいしさをさらに引き立て、食べた人はみな根強いファンになっていくのだろう。

■食べてみれば違いは一目瞭然
帰り際におかみさんから「これ食べてみてください。」と麺・スープをいただいた。心遣いが本当にうれしい。せっかくの試食なのだから他社の麺と食べ比べてみることにする。スーパーでよく似た極細縮れ麺を見つけ、調理開始。もちろんスープは両者とも「煮干味」にした。
まずは待ちに待った松橋製麺から。麺をつまむとふわっと立つ小麦の香が食欲をそそる。一口食べると細かく縮れた麺にさっぱりスープがよく絡み、とたんに麺とスープが絶妙なマッチングが実感できる。麺そのものにうま味があるので、あと一口、もう一口とどんどん箸が進み、あっという間に食べ終わってしまった。もう一杯食べたいという余韻を残しながら続けて他社品を試食。極細縮れ麺という形状は同じなのでスープはよく絡むし、喉越しも悪くない。が、何か物足りない。噛みしめてもそっけなく、麺のうまみが感じられないのだ。「食べてみれば違いは一目瞭然」という表現は、決して大げさではなく本当だった。
八戸の港町で30年以上頑なに守り続けてきた実直な味は、地元の味だけにとどめておくには惜しいほどの醍醐味にあふれている。ぜひこのうまさを堪能していただきたい。